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ある小松菜の生涯

(Sun)

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植物は土壌微生物と手に手を取り合って生きている。
植物は生命サイクルを通して肥沃の循環に貢献する。

植物の成長には物理条件とは別に、オクターブの高いエネルギーがかかわっている。
遺伝子には、音、鳥や虫や土中生物のざわめきが記憶されており、その昔、代々農夫が歌った歌、人間の子どもの歓声や動物たちの振動も記憶されている。

それらは、次元の違うエネルギーを引き出すために必須な情報だから、記憶されている。
それ無しでは後世に自らの遺伝子を伝えられないのである。

・・・

あるところに、一粒の小松菜の種ありき・・・。
彼は、お爺さんの代から四半世紀も農家の納屋の片隅で忘れられていた。

ある日、誰かの悪戯で、遺伝子操作を施された種と一緒に苗床に撒かれたのである。

随分長い眠りから覚めた彼は、少しくすぐったいようなぬくもりを感じて瞳を開く。

早朝、異様な静けさの中での出来ごとだった。
温熱と充分な水分、だが、いくら耳を澄ましても何のざわめきも聞こえないことに、少なからず戸惑いを感じた。

・・・しばらくして、彼は、容赦なくNPK土壌に移植される。

歌詞とは言わないが、周波数、あるいは振動として、
彼の遺伝子には、一世代前の幸福な生涯の記憶がびっしりと詰まっている。
しかし、一向に一世代前に聞いたお爺さんの子守唄が聞こえない。

聞こえるのは、なんとも不快な機械音。
彼の発芽期は、感覚に響く情報がほとんどない中で、機械的な発芽条件に従うだけの味気ないものだった。

ミミズすらいない空疎な土壌は、人影のない寂れた商店街を思わせる。

彼は音に反応して、オクターブの高いエネルギーの在処を探ろうとする。
葉面の気孔が開き、大気から効率よく水分を取り込むには音の刺激が必要なのである。

鮮やかな緑の葉が光合成を始めようにも、周辺環境に波が乏しければ活性は低下。
遺伝子に備わる生命エネルギーに関する情報をいくら検索しても、該当なし。
生存に必要な遺伝子はいまだ覚醒できずに、まどろんでいる。

毛根も困惑していた。
ひげ根に集まる様々な微生物の一向に集まる気配がない。

数キロに達する菌糸ネットワークが、貴重な微量栄養素をデリバリーしてくれる手筈。
遺伝子は懸命に注文信号を送るが宅急便は届かず・・・である。

発芽からしばらくの間は、種に仕込まれた免疫力が時間稼ぎをしてくれる。

植物はその間に、全ての遺伝情報を覚醒し、次のステップに移行する体制を整えなければならない。
猛烈なスピードで細胞増殖が始れば、その途中で、成長を止めて足りない要素を補おうとしても手遅れである。

ロードマップに従って、物理的身体は自動生成を繰り返す。

彼は、焦りつつも、執拗に記憶に残る農夫の歌声をリクエストし続けた。
なぜなら、それがオクターブの違う生命エネルギーを引き込むサインだからである。

ほんの僅かな水分子でも、猛烈な生命エネルギーを内包した霧なら、土壌微生物の爆発的な増殖を促す。

成長過程で生産される養分をパートナー(根粒菌)に還元し、土壌微生物の生命サイクルを維持する持ちつ持たれつの関係を築かなければ手遅れになる。

数十秒から数時間で生命を終える無数のパートナーは彼自身の生命力と一心同体。

自然循環に準ずる限り、植物が土壌養分を吸いつくすなんてことはあり得ない。
植物は土壌に養分を与へ微生物が活性化する。
微生物の存在によって、土壌は肥沃の循環を持続し、次世代の余地を残す。


もちろん、それには水という重要な生命体の関与がある。
しかし、彼の周囲の水分は、ほとんど生命力を内包しないどころか、むしろエネルギーを奪ってしまう幼い水で満たされていた。

彼は恐れおののいた。

植物にとって、微量ミネラルの欠損は死亡宣告。
自己免疫力が極端に脆弱なまま成長せざるを得ないリスクに戦慄を覚える。

根の先端にあるセンサーは最期の最期まで諦めずに、微生物の痕跡を探っている。
だが、彼の生成する糖分には、少し嫌な苦みがある。
土壌に僅かに生息する根粒菌は、その苦みを嫌うのかも知れないが、彼がそれを知るよしも無い。

残された幸運は、風に乗って運ばれる無数の微生物が、運良く彼の根元に飛び込む一縷の望みだけである。

時は無情に過ぎ去った。

彼は、結実に充分なエネルギーを確保できない事実を悟る。
と、同時に発動しないまま、役割を終えた無数の遺伝子が生命の幕を引きはじめる。

皮肉なことに、外見的には、彼の成長は加速する。

茎は細長く、葉も広がらぬまま、つぼみをつけようと遺伝子が活動をはじめる。

そんなある日、ザクッと嫌な音がした。
彼は刈り取られた。
根を切られ、洗浄され、袋に投入され軽トラに積み込まれた。

種取りをするなら、あと2ヶ月以上先の話。
彼と同じ運命を辿った仲間の小松菜は、そもそも、種取りは想定外の品種。

充分に種を残せる遺伝子を持っていたのは彼だけだったが、果たして、この土壌では、余程の幸運が重ならない限り、遺伝子を子孫に残せるかどうかは微妙。

仮に種が残せたとしても、悲しいことに、実った種に生命の息吹に関する遺伝情報はほとんど残されない。

彼は彼の代で、巣立つヒヨドリの甲高い鳴き声、スズメやムクドリの鳴き声を聞かなかった。
天空から降り注ぐ、生命エネルギーの滴も知らす、濃い霧が運ぶ、幸運な生命エネルギーのサインも知らない。

土壌のざわめき、ミミズの会話、無数の昆虫の足音、神秘のベールに包まれた名もなき生物の辻問いの声も知らずに生涯を閉じたのである。

微量ミネラルの甘露な醍醐味。
自らの生命が土壌に肥沃の循環をもたらす彼自身の宇宙に於ける崇高な役割も知らずに枯れゆく哀れな生涯・・・。

しかし、上には上の、もっと悲しい事実がある。
戦争化学屋が、種から子孫を残す遺伝子を取り去ったハイブリッド種子が地球遺伝子の根絶やしを企んでいる。

ハイブリッド種子は物理的には植物だが、生命エネルギー的にはゾンビ。
こんなものを食する人間も、ご他聞に漏れず、間接的(緩慢)にゾンビ化するのは自然の理。


意識を携えた人間はひとりひとりが種。
(遺伝子には、非物質情報も含まれる)

意識を携えた人間の種(遺伝子)が、次代に引き継がれるかどうかは自然循環に委ねるしかない。
しかるに、一つ上のエネルギーレベルすら理解しない愚かな人間が、母なる自然循環に強欲の楔を打ち込む。
傷口から吹き出す膿に、大の大人(死に損ないの群れ)が我も我もと群がる醜態。

そんな会社、組織に関わって平然と報酬を得る神経は、地球外生命か基地の外以外考えられない。
そんな人は、意識を携えた生命体として生きるに値しない。

ある小松菜の生涯は、他人事ではない。
彼の無念の生き様は、まさに、我々、人間の明日の運命である。




・・・
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「見守るセンス」と規則

(Sat)

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Message From Sylph(marikit na dalaga) in Banahaw.
「見守るセンス」と規則

・・・

20世紀に定着した仕組みには、エンバイロメンタリストの育成を阻む役割が与えられました。
これを一刻も早く、地上から一掃しなければ手遅れになります。

ソリューションはひとりひとりの「見守るセンス」を高めることしかありません。

「見守るセンス」は、意識と意識の距離感です。

血縁でも、他人でも、人と人、それぞれの距離が自由である反面、見えざる鉄格子が存在します。
一見、親しげでも内面は別世界。
うらやむほどの蜜月カップルがやがて降り積もる雪に埋もれ、凍てつく有り様にも似ています。

生命と生命の距離は、物質世界の基準では数値化できません。
善良な人々の、それでもなんとかして和合しようと試みる意志をどうやって計るのでしょうか。


意識世界は神秘に満ちあふれています。
生命の宿る意識と意識の距離には、変化(奇跡)を起こすチカラがあります。

奇跡によって、物理世界の性質が劇的に変わります。

永遠に変わりそうもないと嘆くのは「見守るセンス」を片隅に追いやってしまったからです。


人間の最初の言葉は、高次の「見守るセンス」からこぼれ出た音です。

物理世界に囚われ、意識を使うセンスを片隅に追いやった人は、最初にあった、言葉の音の精妙な距離感を感じることができません。

言葉の深い意味が失われ、単に共通化の記号になった音の記憶が学習の大半を占めます。
人間が意識を持った存在なら、同時に高度な意識の使い方の訓練が必要ですが、完全に無視されています。

言葉には意識と意識の距離感に関わる重要なメッセージが含まれています。
子どもは誰しも優れたセンスを携えていますが、意識に関するセンスを尊重する仕組みは、成績に反映しません。

偏差値競争を勝ち抜いた子どもは、記号の暗記と解釈能力は優れていても「意識に関するセンス」は十人並みかそれ以下です。
彼らの最大の欠陥は、現在の仕組みに違和感を持たないところまで矯正が行き届いてしまったことです。

そんな能力は求められなかった。
そんなことにエネルギーを注ぐことに何の価値があるのか分らない。
「見守るセンス」をいくら高めても、メリットは何もなく、評価もされません。

我々は、簡素化され、空疎になった言葉の意味を通して会話をすることに慣れ過ぎました。
人間関係に於いて、様々な齟齬を生む原因を探れば、ほとんど例外なく距離感の喪失が関わっているにも関わらずです。

「見守ること」が出来ない人間同士の言葉は、本人が気づこうが、気づくまいが、対象者の防御反応を刺激します。
止めどない圧力の応酬を引き寄せます。

圧力の応酬が、次なる新たな圧力の応酬を生み、問題解消のつもりが、新たな問題を引き出し、傷口を拡げます。
無限に連鎖する問題の後始末ばかりしているうちに、年老いてしまいます。
(法律言語〈言葉の誤差を削ぎ落した言語解釈の正確さだけが基準〉となる司法判断は、霊性を備えた意識が求める判断レベルと隔絶するのは無理からぬこと)

意識を使うセンスを放棄したカリキュラムによって、教化矯正された人間は優秀な家畜としては扱い易い存在です。

考えてもみてください。
「見守ること」ができない人は、周囲に対して穏やかな距離を持続できません。

自らの距離感(不安定なままの)モノサシを振り回して、あちこちでゴツンゴツンとぶつかりながら生きています。

この状態はとても無防備で危険な状態です。

無防備な人は不安にかられ、自らを正当化するあらゆる材料を引き合いに出して、区別や分別のバリケードを築きます。
しつけ、マニュアル、ハウツー本、あるいはセクト化された閉塞社会の掟、従属と引き換える安定を正当化し、自らを守ろうとします。

無防備な人を保護するために公共の名の下に仕組まれたルールが定着します。

それが規則です。

規則は「見守ること」ができない人の集合社会に深く根を張ります。

しかし、規則に付随する罰則を実行するには権力が必要なことに注意を払う人は驚くほど少数です。
一定の権力を認めた途端、そこに支配、被支配の関係が生じます。
人々は意識的距離感に対するセンスが鈍感でも生きられる代償として、支配構造を容認します。

誰かが取り締まる。
規則さえ侵さなければ、誰にも批判されない。
およそ人間には相応しくない貧困な意識が標準になります。
(スタンダード&プアーズは奴隷管理社会の代名詞です)

優れたエンバイロメンタリストの育成など必要としない土壌を耕す労働力には事欠かない社会。
法と秩序の美名の下に、様々な条例、規則が粗製濫造されるほど民度は低下します。

民度の低い地域に高度な人権意識は不要、植民地型統治で容易に事足ります。
「見守ること」ができない人が大勢を占めるからこそ成り立つ、奴隷飼育型管理社会です。

現代の日本人は、驚くほど忍耐強く、我慢に我慢を重ねて生きています。
自殺、行方不明、精神錯乱、変異性疾患、家族崩壊、孤独死の増大は、管理と披管理の関係を認めた以上、避ける事の出来ない副作用です。

支配側は、副作用を主軸に、管理側にとって都合の良い法律を次から次に打ち出し、飼育管理の強化に余念がありません。
主権在民、民主主義の理念など空疎。
実情が遠く及ばないのは誰もが知っているのに、露骨な隷属的意図を隠そうともしない政権が出現します。

主権在民と言いながら、個人の自由がちっとも尊重されないのは、規則を個々の意識より上位に位置づける暗黙の了解を、法律上の言質として抑えているからです。
支配側の見え透いたワナは合法です。
合法ですから、詐偽も殺人も咎められません。

現在の仕組みはおよそ霊性を持つ人類には相応しくなく、中世やそれ以前の暗黒時代にも劣ります。

現在の仕組みが容認する理想的な人物像は、目に見えない鉄格子と我が家を出たり、入ったりして人生を終える人です。
もちろん、見えざる鉄格子に閉じ込められたままの人もいます。
このような人は、創造力が閉塞しているので、管理者にとって利用価値がありませんから、消耗品として使い捨てられるだけの存在です。
(皮肉にも、優れたエンバイロメンタリストは、この層に閉じ込められています)

では、支配側はどうでしょうか?

見えざる鉄格子を背負わされて、足首がちぎれるほどずっしりと思い足枷を引きずっています。
足枷の重量は忠誠の代償として与えられる報酬です。

彼らの意識レベルでの死因は、例外なく圧死です。

規則の執行責任者には、見えざる代償が在ります。
規則を容認した一般市民も、一定の副作用を覚悟しなければなりません。

多層次元からなる巡りの世界では、循環を切り取り固定する行為は存在しません。
存在しないことを三次元世界でのみ、熱心に行う人々も大きな循環の一部である以上、自然法に反した代償を受けます。

地上世界の支配者が、彼らの望む奴隷社会を維持するには、まず、自らを多次元循環から切り離す必要が在ります。
その上で、好きなだけ規則をつくり、好きなだけ循環作用を断片化すればいいのです。

もっとも、それが不可能なことは教えられずとも分ります。
では、なぜ、人々は、艱難辛苦に身もだえながら、規則に縛られる愚かな生き方を望むのでしょうか?


一定水準の「見守るセンス」が定着した世界では、規則は存在しません。
「見守るセンス」を持つ者は、循環阻害要因を未然に排除する役割があります。

本質的に優れたエンバイロメンタリストの育成は、地上世界の再正上、最も優先されるべき仕事です。



シルフ(Sylph)ホーリープレイス
http://generalumimoto.blog108.fc2.com/blog-entry-299.html

シルフ(Sylph)について
http://generalumimoto.blog108.fc2.com/blog-entry-358.html



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2020年東京・二重支配植民地でオリンピック?

(Fri)

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不正選挙で知事になった旗ふり役が醜態を晒し、バレバレの二重支配植民地、首都東京でオリンピック開催?
恥知らず、身の程知らずな協賛者・企業も軽蔑の対象でしかない。

ブラジルもトルコも日本と似たような二重支配に怒りの声。
当然である。

中国は青息吐息、内在する抵抗圧は爆発寸前。
今年から来年の情勢すら見通せないのに、2020年?

薄汚い油ダポ天下が、7年後も存続すると自惚れるのは勝手だが、その前にやることがあるだろう。

GHQが仕込んだ不動の中央政権(大本営)と、お飾り中央政権の二重支配が70年もの長き粛々と悪事を重ねて来た実態は多くの日本人の知る所となった。

大企業だろうと、一流大学だろうと、科学もスポーツも例外なくこの二重構造の一翼を担う。
そうでない組織や個人は冷や飯どころではない、およそ人間として扱われぬ屈辱を味わう。

すこし、冷静に意識を使って考え欲しい。
2020年までにはあと7年もある・・・。

20世紀を引きずった油ダポ支配体制があと7年も続く・・・?
おバカな国民は大本営のために、何としてもオリンピック開催に協力する?
世界情勢が音を立てて変わっているのに、一肌も二肌も脱いで自己犠牲を払う?

次期オリンピックあたりから、過去のような開催は不可能になると見るのが普通。

油ダポ支配体制の後ろ盾は地上の悪の枢軸、ET王族連合。
彼らが非合法な裏取引で莫大な財を動かす博打場がオリンピック。
何も知らない一般市民は開催の全ての費用を負担させられる奴隷。
選手だっていい面の皮。

21世紀の冷めた意識を持つ人間が大半を占める世界で、カビの生えたトカゲ王侯貴族のお遊びに誰が付き合う?

地上世界を動かしているのはカネでもなければ、チカラでもない。

支えているのは目には見えない無数のグリッドである。
三次元物質世界で最も重要なグリッドは古細菌。

では、人間は何をしているのか?
およそ、人間のつくり出すあらゆる仕組みに関わるグリッドを支えている。

東京電力をモデルに考えてみよう。
東京電力なるインチキ企業が存続できるのは何のかんの言っても、日本人の意識がそれを認めているからである。

ところがフクイチの処理や、被災者に対する冷酷な仕打ちを知れば知るほど、怒りが込み上げてくる。

マトモな人間なら当然の反応である。
しかし管内に住む住民は、心ならずも電気料を払う屈辱を毎月味わう。
(止められるギリギリ、コンビニ払いで・・・)

東京電力は企業体としての存続が可能だと踏んでいる。
なぜなら、電気が使えない庶民は、シロアリの隠れ税がしこたま込められた統括原価方式の電気料を払い続けるしかない。
国はそもそも、二重支配の大本営がこしらえた東京電力を潰せない。
お飾り権力には、犯罪を取り締まる権限も、事故責任を追及する権限もない。

現に、誰一人責任を問われていない。
むしろ、お飾り政権は東京電力のために無尽蔵にカネを貢ぐ立場である。
しかし、物理世界の仕組みでは絶対に存続可能なはずの東京電力にも弱点はある。

人々が意識から、東京電力なるグリッドを切断する

どういうことかと言うと、四次元意識場で個人個人が東京電力を断ち切るのである。
(本気で切ると、バチッと電気的な大音量が聞こえる)

一人や二人じゃ痛くもないと思えるが、それが徐々に増えれば、地上世界に存在する四次元グリッドがものの見事に消滅する。

頭数(意識場)にして11%越えで、顕在化。
15〜18%を過ぎれば後戻りはできない。
そこから幾ばくかの猶予期間はあるものの、崩壊過程に向かう巡りが確定する。

偽民主主義じゃあるまいし、過半数などと野暮なことは言わない。
人間の意識場が管轄する領域は恐ろしいほど多岐に及んでいる。
もちろん、中には眠ったままの意識も多く、眠ったままの意識場は無いのと同じなので、数には入らない。

思うに東京電力を支えてきた意識場のグリッドは、すでに命脈を失っている。
四次元グリッドを失った、三次元グリッドは指一本でチョンとつつけば崩壊する。

栄耀栄華を誇った過去の帝国が、たった数日で滅びるようなもの。
思わぬ展開を見せて、東京電力なる組織体は無惨な最期を迎えるだろう。

決めるのは個人の意識である。
いくら、三次元の肉体を縛り付けても、意識を支配することはできない。

未だ、油ダポは健在のように見えるが、油ダポの何たるかを知った人間が、個々の意識場で切断すれば、盗電と同じ運命。
地上世界は全て同じ構造をしている。

誰よりも強い決定力を持つのは意識。

で、2020年東京・二重支配植民地で本気でオリンピック招致?
電痛が総力を挙げて、貴重な都民税を湯水のように使って、増税までして20世紀型二重支配継続を目論む土壇場の悪あがき。

いつまで騙し続けるおつもりか?
アホらしい。

覚醒した意識の前では不正選管ムサシなど呆気なく撃沈。
いくら三次元グリッドを補強しても無駄である。




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「見守る」距離感

(Thu)

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Message From Sylph(marikit na dalaga) in Banahaw.

「見守る」距離感


・・・

「見守る」距離感は、物理的距離ではなく、人間と人間、意識と意識の距離です。

(満員電車ではお互いの物理的距離はほぼ密着していますが、意識の距離はそれとは関係なく一定の間を保ちます)

意識の距離感を平衡する見えざる定規は他者に対する「畏敬の念」です。
「畏敬の念」とは、人間が高次領域の意識を携えていることを認めることです。

「畏敬の念」の欠落した人間は躊躇なく暴力を行使します。
「畏敬の念」の欠落した人間は、自他ともに人間が、物理的存在に過ぎないとの際めて自己評価の低い思いに囚われています。
(多くの場合、無意識で)

唯一、体罰が許される人間がいるとすれば「見守る」力量を持った人です。
(「見守る」力量を持った人は、ほとんど暴力を必要としませんが・・・)

体罰や虐待は「見守る」ことのできない人間の無意識の露出です。
「見守る」ことのできない人間は、自らの地位や立場を利用して、他者を支配しようと試みます。
指導と称するものは、常に後づけのいい訳です。

意識の未分化(無意識状態が頻繁に露出する)人間を野放しにする限り、問題は解決しません。
これは親子、近親間、男女間のDV、同僚や友人関係の間で起こる暴力・虐待も同じです。

現在の仕組みでは「見守る」力量(意識と意識の距離が適切に保てるかどうか)に関係なく、物理世界の立場が優先されます。

柔道のセクハラ問題の本質は、武道精神に準拠すれば、未熟な人間を指導的地位に就けた人間の落ち度です。
上位の人間に下位の者や同僚の力量(人間力)を正しく推量できる能力が欠如しています。

少し前の相撲でも同じですが、未熟なまま指導的立場に立った人間のお粗末。
まして、所轄の文科省に是正するチカラなどないのは目に見えています。

現在の日本は、このような茶番を真面目腐って演技する陳腐な風習が蔓延しています。

一般社会の平均的レベルが低いのですから、暴力が肯定される土壌をむしろ奨励しているようなものです。
これでは助かる命も助からない。

年齢、地位、男女の別なく、誰でも人間である事に敬意を払うのが距離感の基本です。
人間はお互いの距離を非情に敏感なセンサーで感知しています。

普段、意識レベルでは認識できなくても、つねに、アンテナを張り巡らしています。

人間や周辺環境に対する「敬意」の薄い人は、意識の距離感が狂います。
体罰や虐待の常習者は、対象者との距離の取り方に欠損があるので、分る人にはすぐ分ります。

普通レベルの「敬意」を払える人は、対象者が多少なりとも拒否反応を示せば、無意識にそれを察知して、意識的に通常よりも少し離れ気味に構えます。
ある程度打ち解けても、無意識は慎重に間合いを計ります。

基本的に他者に対する「畏敬の念」の薄い人は、唐突です。
このような人は、自らの距離感にいつも戸惑っています。
馴れ馴れしいとか、図々しいと思われる一歩手前で立ち止まるセンスがありません。
なぜなら、当事者にとって意識外、無意識の出来事だからです。

年齢にもよりますが、このような緻密なセンスの欠落は歳をとるほど致命的な意味を帯びます。
誰にも「敬意」を払わずに(本人は払っているつもりでも)他者と関わるのですから、無数のトラブルは避けられません。


一部の人間(偏った意識の傾向)に体罰は有効です。
意識には、身体から伝わる感覚で覚えたほうが効果的な場合があるのは事実です。

しかし、体罰を与える側の人間が成熟した「見守る」度量を携えている場合に限ります。
そうでない人間がいくら立場や地位で優位に立とうとしても、実質的には意識(霊性)の高い方が優位に立ちます。

相手が子どもでも、意識レベルが上ならば上下関係は逆転します。
体力的な差がいかに大きくても、意識レベルの差は如何ともし難いのです。

しかし、このような逆転が実際に起こり、小さなトラブルが頻発し、とうとう緊張関係が臨界点を越える時、下位の者が逆上します。
下手をすれば、返り討ちに遇いますが、往々にして下位のものほど卑劣な手段に訴えます。


エンバイロメンタリストは、物理世界の循環をセンスで理解します。
どうやって、このような能力を鍛えるかは人それぞれですが、基本はシンプル。
「見守る」ことです。

脈動する、目には見えない自然の巡りに、何の躊躇もなく重機を投入するセンスは環境への虐待です。
執行者は経済論理で暴力を肯定しますが、それはあくまでも物理世界に限った世界の話です。

人間は、自然循環と同調するオクターブの高い意識体です。
自然はそれを包括する統合です。
なぜ、チッポケな人間の力では二度と再生できない破壊行為を正当化できるのか?

これとまったく同じ破壊を、何の躊躇もなく我が子や人類の子孫に行使する人間を大多数の人が支持しています

人間も大地も同じです。
虐待と暴力でしか環境と関わろうとしない人間は明確に区別しないと手遅れになります。

経済論理の優先順位を、数段下げるしかありません。

大多数の人が、それを支持すれば、明日にでも大勢は逆転します。
貧困も子どもの受難も潮が引くように減少します。

現在の支配層に、問題解決能力はありません。
彼らは、基本、「見守る」チカラが著しく欠けているから登用された人々です。

ひとりひとりが「見守る」チカラを獲得するしかありません。
被害を最小限に食い止め、負の循環を正の巡りに押し上げるには、一定の水準に達しない未熟な人間を区別するしかありません。

年齢、地位に関係なく、「見守る」チカラの欠落した人間には、再生のチャンスを与えるべきですが、それより優先するのは子どもの救済です。

現在の仕組みのままなら、生き延びる子孫に未来はありません。

誰もが、意識的にエンバイロメンタリストを目指すのが最も有効な解決策です。
多数派のしっかりした意識に囲まれると、無意識の露出は食い止められます。
法律も罰則もいりません。

誰もが、意識的にエンバイロメンタリストを目指す社会は、意識が意識を育てます。
物理的世界はそれに付随して不要なものは排除し、なによりも巡りを尊重する仕組みに変わります。



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洗脳のキモ

(Wed)

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一度深い洗脳を受けたら、それを解くのは難しい?
YES or NO どっち?

例えば体罰。
体罰を、物理世界限定で議論するかぎり時間の無駄。

人間は意識(非物資)が主で、肉体(物質)が従の仕組みに移行しない限り、無理。

意識が主で肉体が従(心と身体はひとつ)なんて、そんな事当たり前だと口では言うが、振る舞い、言動、実際の暮らしぶりをつぶさに見る限り、現世利益そのもの。

では、なぜ、ブラック企業が無くならないのか?
ホリエモン氏のブログがそれで炎上したらしいが、話は簡単、ブラック企業に勤める人がいるからである。

ブラック企業だと分ったら、即刻辞めればいいだけ。
そんな事言ったて、収入はどうする?
明日らかどうやって喰っていく?
世間体が悪い。
今どき、なかなか就職は難しい。

では、文句を言わずにブラック企業で働けば宜しい。

どんな組織も、ブラックの一面を持っている。
トップがブラックなら問答無用でオールブラック。

一人ブラック上司がいれば、彼が出世するほど、ブラック度は上がる。
事業部、部署によってブラック度が違うマダラ模様が一般的。

いずれにしても、そんな会社は見限るしかないのである。

では、日本のあらゆる組織体のブラック度はいかほどか?
日本が植民地だという事を除外して、官民合わせて7:3。
これが8:2になったら社会崩壊。

ブラック企業、いじめ、虐待、体罰の名を借りた暴力、あらゆるハラスメントは同根。
苛める方の人間は、カルトか中途半端なサイコパスの出来損ないと観て間違いない。
簡単にいうと「見守ること」を知らない人間。

対象を意識を携えた肉体と見れば、滅多な事で手は出せない。
対象を肉体としか見ないから、イジメや暴力を躊躇しない。

「見守ること」は、その精妙な距離感を計るセンス。

人間が人間を尊重するのは、誰しも高次領域とつながった意識を持っているからである。
ひときわ立派な肉体を持っているとか、恐ろしくセクシーなナイスボディだから敬意を表するわけではない。
心と身体は一体だが、肉体が従。
(意識は頭脳より格上、現世利益の知識や能力よりも格上である)

生まれたばかりの赤ん坊も、意識が戻らない病人も、生きている限り高次領域とつながった意識を持っている。
だから、年齢や地位とは無関係に、誰しも他者に敬意(然るべき距離を置く)を表する。

それすら出来ない人間に酷使される人間は文字どうり家畜奴隷の扱い。
自らを支配非支配の物理世界限定でしかジャッジしない檻の中に閉じ込める。
家畜側の人間も立派なゴリヤク人間だから、需給バランスが成立する。

ゴリヤク人間がいくら立派な精神論を宣おうとも、根っこはただの三次元バカである。
ゴリヤク世界でいかに人様より多くの資力を集めるかしか、興味がない。

他者の意識に興味がなければ、平然と人間を道具として酷使できる。
給料分だけ働くような従業員を敵と見なし攻撃する。

ワタミの会長はエホバだそうだが彼の精神論は、一時代前の本田宗一郎氏とは似て非なるもの。(いくら上手に擬態してもバレバレだと思うのだが・・・・騙される人がいる)
国家が国防論を持ち出すのと同じで、人間はあくまでも支配の道具でしかない。


「見守ること」ができない人間家族は三代以内に崩壊する。
なぜなら、人間を育てる無償の行為は現世利益とは無関係。
「見守ること」ができない人間は、人間を飼育する事はできても、育てることはできないのである。

会社で従業員を道具として酷使し、家庭では子どもをちゃんと育てるなんて器用な真似は出来ないお約束。

ダメ親は、自らの子どもを飼育する。
飼育された子どもは、飼育環境しか知らないために、他者の意識に敬意を払う基本中の基本を知らない。

日本社会はネコも杓子も、資本と嘘民主主義幻影に振り回されて、肝心な子育てを犠牲にした。
その結果が、ブラックだらけ。
現世利益経済バカと、低俗カルトが政治経済の中枢でふんぞり返る、なんとも恥ずかしい醜態を世界に晒している。

洗脳なんてものは解く必要すらない。
人間は意識(非物資)が主で、肉体(物質)が従。

これだけキモに命じれば充分。

おカネがあるから生きられるは、ケモノの理屈。
ケモノの理屈が罷り通る従属環境で、改善を要求するなんて愚の骨頂。

高次領域とつながる意識があるから生きているのに、なんてわざわざワンランク下に堕ちるのか?

ケモノはケモノの扱いに甘んじるからケモノなのである。
人間らしく生きたいならば、一時的な不利益など気にせずに前を向けば宜しい。

どのみち、こんな狂った仕組みは崩壊する。
苦しくとも、新しい人間らしい仕組みをつくるしか道はない。

「見守る」意識を持つ人間が増えれば、ブラック経営者やサイコパスの出来損ないや、ケモノレベルの類人猿の生存環境は狭まる。

放っておいても道は開くのである。




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